しばらく
更新していませんでした。申し訳ない。
つれづれ | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
雪だ
つれづれ | 09:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
なんだか
 久しぶりの投稿。

なのだが…

あまり周囲がいい状況ではない。

これはどうした。

殆ど内輪もめだ。

みんなが足の引っ張り合いのような状況を呈してきた。


本当に大丈夫か????


心理士が1番社会性がないのかも知れないorz
つれづれ | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
いつでも生きていくのに精一杯なのは変わらないのではないのか
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こんな記事を見つけた。

91歳特攻生還者 今の日本は「死んだ奴に申し訳ない」と怒る- NEWSポストセブン(2012年8月13日16時00分)
 8月15日は71回目の終戦記念日である。今春、『太平洋戦争 最後の証言』三部作を完結させたノンフィクション作家の門田隆将氏は、100人を優に超える老兵たちの声に耳を傾け続けた。人生の最晩年を迎えた彼らが日本に遺したかったものとは何か。門田氏が振り返る。

 * * *
 私は、艦と共に沈む時、母親の顔や、自分の葬儀のありさまを思い浮かべた水兵たちの話を数多く聞いた。そうまでして守ろうとした日本のいまの姿を憂う声は実に多かった。
 
 多くの若者が、世の中のなんの楽しみも知らないまま死んでいった時代。彼ら戦争世代は、甘えや癒しの中に逃げ込み、権利ばかりを主張するようになった今の日本人をどう見ているのか。
 
 当時の若者が持っていた“諦観”を語るのは、人間特攻兵器「桜花」の生き残りである松林重雄さん(九一)だ。“生還が期し難い特殊兵器”である桜花に志願して、厳しい訓練をおこなった一人だ。
 
「私は、進んで志願したんだよ。あの頃、戦争に負けるってのは、もうわかっていました。われわれは、家族と、当時はまだ独身だから彼女とかね、そういうもののために我々がやればいくらかいいだろうと、志願するんでね。天皇陛下と言う人もいるけど、それとは違っていたなあ。あとは、卑怯者と言われたくないという気持ちもあったね。あの頃の男には、やっぱり“男ならやらないかん”という思いがあったからね。そりゃ当時の教育ももちろんありますよ。まあ、生まれた時が悪かった、と諦めていたこともあったと思う」
 
 それこそが当時の若者の“諦観”ではなかっただろうか。諦観とは、仏教用語で、人生の真相や仕組みを見抜くことを表わし、人生に対して確かな洞察力をもって生きることを意味する。自分たちの短い人生に諦観をもって生きた大正世代は、「命」そのものに対する愛惜の情を持っていたのではないだろうか。

 彼らが人生の最晩年を迎えて、今の日本に静かな怒りを抱いていることを私は大正世代の話を伺いながら思った。松林さんもこう語った。
 
「やっぱり怒りを覚えますよ。今のざまは何だ、とね。こんなはずじゃなかった。死んだ奴が気の毒だと、どうしても思ってしまいます。私は生き残っちゃったからね、死んだ奴に、本当に申し訳ない、と思います。でも、もう自分には何もできませんが……」
 
 戦中戦後、“前進”をやめなかった大正世代。自国の領土や国民の生命財産を守ることすら覚束ない国になりつつある今、彼ら“他人のために生きた世代”の遺言に是非、耳を傾けて欲しいと思う。

※週刊ポスト2012年8月17・24日号




うーん、死んだやつに顔向けできない、とはよく言う言葉。

では今生きているやつがどんな顔で生きているのか、ちゃんと見ているのか、小一時間(ry
大変な時代だったのだろう。
生きていないかも知れない、自ら死への旅立ちを選ぶ(自殺とは違うワナ)その苦しみはたとえ難いだろう。

では…
明日というものは本当に保証されているのか。
明日などというものがあると感じることこそ、甘えの極地だと感じる。
アメリカに攻められるのではない。
卑怯者と呼ばれることではない。

明日という日が本当にやってくることなど、幻想にすぎない。
いますぐその先で、心臓発作が起きるかも知れないし、ましてや宇宙規模の大変動が起きて地球が滅ぶかも知れない。

権利を振るかざす現代の若者、といっても、そうしないと生きていけない今を生きているだけではないのか。
その今を作り上げてきた、一部は、昭和20年に特攻隊で出撃したかも知れないあなたの延長戦にあるのではないか。

人の苦痛など、他の誰からも計り知れない。
今の若い者は、とか、昨今の日本は、とか、聞き飽きた。
価値観も生まれ育った環境も社会も異なるものにとやかく言われる筋合いのものではないからだ。

もしも、類似点を探るなら、明日リストラされるかも知れない我が身をなんとか持たせていることは、なんだろうか。特攻隊に志願することと変わらないのではないか?



生きていくことそのものが、苦痛の連続である。

これは、時代が変われども変わらない事実ではないか。

みんないまを生きてくことに精一杯だ。目先のいまを。
つれづれ | 21:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ひさしぶりのけふのたなくじ
ひさびさのけふのたなくじ。
本当にひさびさです。



なんだかビミョーな感じです。
つれづれ | 07:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
カラダが悲鳴
からだが悲鳴を上げています。
おかげで、今日は午後から仕事を休みました。

これではいけないのですが、やむを得ません。

体調管理って難しい。
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つれづれ | 17:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
無理が
無理が段々きかなくなってきたなあ、という今日この頃。 しんどい。
つれづれ | 14:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
不覚にも
JUGEMテーマ:日記・一般

不覚にも,また誕生日を超してしまった.
元来,まだ紅顔の美少年だった(はず)のころ,想定していた自分の寿命を,気がつけば21年も伸ばしてしまった.
これは喜ぶべきことなのか?

とりあえず,少年時代に思って居た自分の寿命とは,単に今風に言えば中二病のようなものかも知れない.
しかし,あの頃に感じた,自分の存在の軽さを嘆くとともに,そして未来永劫続く重さにうちひしがれた,自分の悲鳴を,単に自分のもつ精神のエロスが強引ともいえる方法で封印しただけではなかったか.

結局,死にそびれてしまった.
汚いままの自分が居る.

空っぽのままの自分.何の生産性も伴わない自分.

そして明日もまた,重い体を引きずりながら,無為に時間を過ごすのだろう.

この虚無感は何だ.
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つれづれ | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
心理尺度
JUGEMテーマ:学問・学校


最近あまり更新されていないさいころじすと日記の方から
続編が出ていたのね。って、心理尺度臭、もとい心理測定尺度集です。

うーん、あんまり良い思い出がない。

卒論の尺度がほとんど同じになったり。
あるいは、尺度の取り合いになったりとか。

まあ、もちろん、研究のインスパイアが産まれる意味では必要なんですけどね。


つれづれ | 21:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
カップケーキ
知り合いの方がケーキショップを開店したので、行ってみた。

なかなかまいうー(*゚▽゚)ノ



なかなかリーズナブルで良かったっす。
つれづれ | 20:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |