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【訃報】河合隼雄氏死去【激震】
元文化庁長官の河合隼雄さん死去 
臨床心理学の第一人者
7月19日17時42分配信 産経新聞


 臨床心理学の第一人者で元文化庁長官で、産経新聞「正論」メンバーの河合隼雄(かわい・はやお)氏が19日午後2時27分、脳梗塞(こうそく)のため死去した。79歳だった。兵庫県出身。葬儀は近親者で行い、後日「お別れの会」を開く予定。
 昨年8月に脳梗塞のため自宅で倒れ、入院していた。

 河合氏は昭和27年に京大理学部を卒業し、高校の数学教師となるが、子供の問題行動に関心を持ち、教師を務めるかたわら京大大学院で臨床心理学を修めた。37年スイスのユング研究所に留学、40年日本人として初めてユング派精神分析家の資格を得て帰国。箱庭療法などを実践し、日本にユング派心理療法を確立した。
 50年京大教育学部教授、平成2年国際日本文化研究センター教授、7〜13年同所長を務めた。心理学者の立場から現代の日本文化の構造を分析し、「母性社会日本の病理」「中空構造日本の深層」などを発表。また文学にもアプローチし、日本人の心性を分析。昭和57年「昔話と日本人の心」で大佛次郎賞、63年「明恵 夢を生きる」で新潮学芸賞を受賞した。

 平成8年「行政改革会議」のメンバーとなり、省庁再編の構想に参画。11年、小渕恵三首相の私的諮問機関「21世紀日本の構想」懇談会座長に就任し、選挙権の年齢引き下げなどの大胆な提言を行った。14年に文化庁長官となってからは、文化を通じた地域の活性化を推し進めた。
 また日本心理臨床学会理事長として臨床心理士の資格を整備し、スクールカウンセラーの派遣を行うなど「心のケア」のための環境づくりに尽力した。

 昭和60年から「正論」メンバーとして「正論」欄で健筆を振るったほか、平成8年5月から文化面(大阪本社版)で連載「縦糸横糸」の執筆を続けていた。本紙では18年6月14日付のエッセーが最後の原稿となった。
 河合氏が文化庁の公式行事に最後に顔を見せたのは昨年8月9日。奈良県明日香村で村長らと面会し、高松塚古墳の壁画損傷問題について「おわび申し上げる。組織を上げて信頼を回復したい」などと謝罪した。

 平成7年紫綬褒章、12年文化功労者。日本ウソツキクラブ会長を自称する希代のユーモリストであり、趣味のフルートの腕前にも定評があった。霊長類学者の河合雅雄氏は兄。

最終更新:7月19日17時47分

なんだか、心理臨床学会あたりで激震必死の悪寒。
「心のケア」のための環境づくり(必要性はともかく)も完全な形では出来ていない(としか言えない)のは、非常に心の頃であったことでしょう。
ご冥福をお祈りいたします。
しかし、ご自身では、一部で河合教(河合狂か?)の如き人たちを多く生み出してしまったことを、どのようにお考えだったのでしょうかね?
つれづれ | 23:50 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
ご冥福をお祈りいたします。
やはり壁画のカビ問題から来る心労に耐えきれなかったのでしょうか(爆)

非常に人の話を聞くのが上手な(お、プロか)先生で、人をその気にさせるのが上手な先生でした。
| にしかは@京都 | 2007/07/21 9:12 PM |


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