<< なんとなく鬱 | トップ | 亀レス失礼>樹氷 様 >>
誰のために働いているのか
まあ、非常に現実的な話しをするならば、自分の為であり、お金のためである。
それはさておき、実際の臨床現場に入るときは、クライアントとかコンサルティとか、呼び方はともかく私のもとに現れた方々に、全力を尽くすつもりであり、同時にそれが当たり前の姿であると確信していた。
ところが、である。お役所というところは人を全くと言って良いほど見ていない。見ているのは上だけである。それがよくわかった。
よくスクールカウンセラーが児童生徒ばかりをみて学校全体を見渡すことをしない、と非難されることはしばしばある。つまり、木を見て森を見ず、であると。
しかし、教育委員会なり教育事務所なり現場統括部署の担当者は木も森もみていなかった。見ていたのは自己保身と上だけだった。

自分のスタイルとして、学校臨床で護るべき対象は、第一義的には児童生徒、第二義的にはその保護者、第三義的には地域(学校教職員も含む)であり、また順序づけもどちらかといえば“無理矢理つけるなら”という感じである。無論護るべきは総てであり、トリアージ的な必要性がある時のみ順序づけがでてくる。つまりは受益者に侍り受益者に一番居心地のよい環境を如何にして提供できるか、それが臨床家のあるべき姿だと信じてきた。

しかし、今回、教育事務所教育委員会が提示してきた条件は全く私のスタイルにあわないものだった。まるで水と油だ。
しかも我々の職能団体の代表もどちらかといえば長いものに巻かれろ、的な論調になっている。私のことを『青臭い』と。
臨床家として、熱い想いをもってはいけないのか?
勿論私がバーンアウトしてしまう危険度は高くなる。それは理解している。しかし、自分のスタイルにまで口を挟んでほしくない。ましてやクライアントを蔑ろにするような施策に迎合するとはなんたることか。

まさか教育委員会なり教育事務所がクライアントだとでも言いたいんですかね。
もばいるぶろぐ | 15:07 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://blogblog.psycho-therapist.biz/trackback/770750
トラックバック
2008/11/30 9:04 AM
第三義 についてブログの検索結果をまとめると…
最新キーワードチェック!