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あまり政治には関わりたくないのだが
あまり政治には関わりたくないのだが、今回の前航空幕僚長の発言には、あきれるとしか、言いようがない。
まだまだ、日本の戦後処理が終わっていない(この期に及んで終わっていないというのは、日本が終わっている?)という側面があるのかもしれない。例えば戦争責任の所在やら南京大虐殺の真偽やら。
しかし、明確なことは、日本が軍事的に敗北したということであり、それ以上に、戦争中に多くの人々が、苦しみ悲しみに包まれた、そして尊い人命が失われた、その点は変わらないのだ。
前段の意味で、今回の事件は、論点が、ズレているとしか言いようがない。
それ以上に問題がある。航空幕僚長という立場を考えた上での論文上梓、発言である、と考えられる点である。
航空自衛隊が軍隊ではないのか軍隊なのかは、議論が別れるところであろう。しかし、その最高責任者は、形式上とはいえ、総理大臣といえる。勿論、実務上は幕僚長がトップ、事務的には防衛省事務次官、束ねるのは防衛相、となるのであろうが、この際はどうでもいい。実務的よりも、実際の枠を考えねばならぬ。
問題となるのは、村山富市元総理大臣の談話を、下級職である幕僚長が否定した内容の論文を公の立場で投稿したことだ。
今のところ村山富市元総理以降の総理大臣、つまりは現職の麻生太郎総理大臣まで、村山談話を取り消したという話はでていない。つまりは村山談話が日本国の公式見解であり、以降の総理大臣はそれを踏襲している、ということである。
それを幕僚長という立場で、公然と否定した、少なくとも更迭される前は否定していた、また更迭以後も同じ見解を持ち続けている、国会内でさえも、少しも悪びれていないことだ。

これってどうよ(*´Д`)=з

実際問題として、実力に訴えでた訳ではないか、事実上のクーデターじゃね?
言論の自由、と彼は主張しているようだが、彼は自職の責任を放棄しているか、あるいは責任を理解していないとしか言いようがない。
下級職が上級職の見解に意義を唱えるのは、もちろんではあるが、責任のとりかたの一つであろう。
しかし彼の立場は、幕僚長であった。彼の発言は、航空自衛隊の見解そのもの、とみなされても仕方がない。つまり、航空自衛隊の実務的最高責任者が、日本国政府の代表者であり最高責任者である総理大臣の見解を否定した、ということである。

仮にであるが、F-2支援戦闘機に爆装させて首相官邸を吹き飛ばしていておいて、彼が同様の見解を示していたとしたら、どうだろうか。
もちろんあってはならない話だが。
226事件や515事件あたりと実質かわらない。軍人は退いてはならない。前に進むしか道はない。前言を撤回しない態度には敬服するが、立場をわきまえぬ意見を公にするのは、見苦しいとしか言いようがない。国会内で開き直りのような発言を続けるのも、確信を持っている、ということかもしれないが、立場をわきまえないのであれば、更迭どころか、免職が相当なのではないか。自衛隊員が軍人ではない、という逃げ道は、この際敢えて封じておこう。
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