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教育分析を受けながら
時々、わざわざ東京まで、しかも月に二日間、六万円以上も費やして、教育分析を受けていることに、途方もない無力感も湧いてくる。

そもそも、臨床心理士をやめたい、さらに言えば、自分が(人としてand臨床心理士として)存在していること自体に、時折絶望し、そして意義を感じらんない気もしているのに、本当に物好きな限りだ。

そして同時に、エキサイティングでもある。

自分とは何なんだ?
自分の存在意義とは?

そして、自分になにが出来るのか?

永遠に問い続けなくてはならないのかもしれない。
もばいるぶろぐ | 15:38 | comments(12) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
はじめまして。

ちょうど、教育分析について検索していたら、こちらのブログにたどり着きました。
私も、信越地方なのですが、やはり東京まで出ないとそういった機会を得ることは難しいですか?



| もこ | 2008/12/21 9:55 PM |

>もこ さん

ども。
管理人のへなちょこ心理士です。はじめまして。

教育分析ですが、探せば地方でもやっておられる方もいらっしゃるかと思います。ただ、チャンスは低くなるかも、です。どうしても、分析家の数や相談施設の数などが、首都圏や中京、阪神圏に比べれば、圧倒的に少ないのが現状ではないでしょうか。
あと、どのようなスタイルの分析を求めるのか、で、かなり変わってきます。教育分析と言うと、正統フロイト系のトレーニング(狭義の教育分析)をイメージされるかも知れませんが、それにかかわらず、新フロイト派、ユング派、ロヂャース派など様々な流派で行われており、また、クライアント体験という意味においては、ありとあらゆる技法で行われるものであると理解(広義の教育分析)した方がいいかもしれません。

開業されている臨床心理士の方では“密かに”分析を行っておられる方もいると思うので、チェックされてはいかがでしょうか。

なお、小生は正統フロイティアンではない(と思う)のですが、現在受けている分析は正統フロイト派の教育分析です。

考えてみたら、セラピストが、クライアント体験をせずに現場に出ること、って、考えてみたらやっぱりおかしいですよね。ということで、受けてみることにしました。

他にご質問があれば、またコメントくださいね。
| へなちょこ心理士 | 2008/12/31 5:41 PM |

はじめまして。
私も教育分析を受けたいと思っています。

それで、早速、現実的なことで
お伺いさせていただきたいのですが、
教育分析をしてくださる先生を
どのようにして探されましたか?

また、その先生に連絡をとられる際、
最初の時点でどの程度のこと
(教育分析を受けたい動機など)
をお伝えされましたか?

以上、お教えいただけるとありがたいです。

よろしくお願いします。


| あこ | 2009/02/19 11:54 PM |

>あこさん

はじめまして

レスが遅くなったことをお詫びします。

さて

>それで、早速、現実的なことで
>お伺いさせていただきたいのですが、
>教育分析をしてくださる先生を
>どのようにして探されましたか?

昔、昔のはるか昔(とはいっても10年たっていませんが)研修に訪れたところがありまして、そこでの出会いから、分析をお願いいたしました。

>また、その先生に連絡をとられる際、
>最初の時点でどの程度のこと
>(教育分析を受けたい動機など)
>をお伝えされましたか?

遠方だったため、まずは、いったん電話で来談の予約を取って、その上で、45分のintakeセッションを受けその際に動機等等をおつたえしました。その上で、相談の受理と治療契約を結ぶようにしました。

甚だ簡単ではありますが…
もし、何かありましたら、またコメントをください。
| へなちょこ心理士 | 2009/02/23 10:41 PM |

お返事ありがとうございました。

書き込みさせていただいた後、色々と調べて、
先週、精神分析協会に所属されている
精神分析家の先生にメールで申し込みしてみました。
まだお返事はありません。
もう少し待ってみて
お返事なければお手紙書いてみようかな‥。
(協会のHPには、
 住所とメールアドレスのみ記載されていました)。


それと、当然ですが、インテイクセッションを
受けなくてはいけないのですよね。
それで断られることもあるのでしょうか。
ちょっとドキドキします。
私の場合、一言でいえば、
自己理解を深めるためということなのですが、
どんな感じでお話されましたか?
その時に教育分析を引き受けてくださった先生から
何かお話がありましたか?

もしかまわなければ
支障のない範囲で教えていただけるとありがたいです(^^)




| あこ | 2009/03/09 1:23 AM |

>あこさま

へなちょこ心理士でございます。

一応、確認ですが、あこさまは心理セラピストとして核にどうされている方、あるいは大学院修士課程or博士前期課程で臨床心理学を専攻されている方で、ケースを担当していていて、なにかしら、自分の面接なり臨床家としての在り方なり、あるいは、自分のなかで何か問題と感じていることがおありなんですかね?

intakeセッションでは、治療契約を結ぶ際の目標設定と分析に耐えられるだけの自我強度を確認する、ということかと思います。ご自分が感じておられる、問題点やらなんやら、ひとまず話してみて、それからだと思います。教育分析を受けるとなると、教育の一環でると同時に、セラピーでもあることを忘れない方がいいと思います。セラピーを引き受けるべきかどうか、クライエントを査定している、ということでもあるかと思います。

自己理解、という側面一つとってみても、たとえば自分がついついやってしまうような行動について、何が奥底にあるのか、考えるというのも一つの目標とできるでしょうし…

へなちょこ心理士の場合は、モロにセラピーで感じていることや日常生活で感じること(主としてネガティヴな印象を持っている)について、問題としました。その上で治療目標をさだめました。

治療目標についてはやはり分析をお願いする先生としっかりと話し合うことが必要ではないでしょうか?

もうひとつ、やはり分析を受ける際に、お願いする先生との相性のようなものがあるかと思います。波長が合いすぎても、また合わなすぎても、やはり得るものが少ないかと思います。
また、お願いする方の臨床的な立場(古典的精神分析、ネオ・フロイティアン、ユンギアン、ロジャリアンetc.)と、自分の臨床的立場によっても変わってくるかと思います。また、あえて違う立場の方からトレーニングを受けるのもいいかもしれません。

たとえご自分が折衷的であっても、何が一番しっくりするのか、考えてみることも大切ですし、同時に自分とお願いした先生があまりにも考えが合わないのであれば、途中で中断する(断られるor断る)こともあると考えておくべきでしょう。
もちろん、intakeの時に信用できなければこちらからお断りしてもかまわないと思います。お金を払うのは、時間を使うのは、ご自分ですから、役にに立たないカウンセラーにつきあっていくのは全く時間と金の無駄ですらあります。

>ちょっとドキドキします。

でも、このドキドキ感って、Cl.の方が面接に来られる時に感じていることでもあるんですよね。クライアントさんは期待と不安と嬉しさと怖れと…数え上げればキリがないほどの思いを持って面接にこられるんですよね。そのことを感じられるだけでも、いいのではないでしょうか?

なお、大学付属の面接室や相談センターなどでも教育分析を受け付けていただけるところもあるようです。このような場所では比較的料金も安めに(一般のレートと比較して)設定されているとも聞きました。ご参考までに。
| へなちょこ心理士 | 2009/03/09 10:50 PM |

ありがとうございます。
最初に書き忘れてしまって申し訳ありませんでしたが、
私は臨床心理士として働いていて、ケース担当もしています。
ただ、教育分析を受けたい理由は、
自分の中にはっきりした問題が見えてきたから…というよりは、
いくつかの出来事をとおして
自分のことを話してみたい気持ちや
自分の気付かない自分に出会いたいという探究心のようなものが
徐々に強くなってきたから…というのが正直なところです。
自分の問題点、自分がついついやってしまう(なってしまう)ことについて
いくつか具体的にあげることができなくはないのですが…。
ちょっとおかしいでしょうか?


私が教育分析をお願いした先生
(私は精神分析が好きで、その先生も精神分析家です)
にはメールが届いていなかったようで
昨夜、再送したところ1時間後にお返事がきました。
お返事の内容は、諸々の事情で新しい分析は引き受けられないとのこと。
諸々の事情は納得のいくものでしたが、本当に残念です。

「誰か他の分析家を探してみてください。
良い出会いがあることをお祈りしています」と素敵なことばが添えてありましたが
(以前、SVをお願いした先生からも言われたこのセリフ…)
改めて考えてみると、自分の分析をお願いしたい先生なんてそう滅多にはいないよなと思います。

出会いは大事ですよね。
時々聞く話ですが、通常のクライエントは、
セラピーを受けたいという目的があって、その手段として専門家を利用するのに対し、
BPOの場合などは、その専門家との関係そのものが目的になってしまうということ…
を思い出しました。

私も、ただ「教育分析」を受けたいという思いが強かったわけではなく
「その先生による教育分析」を受けたいと思っていました。
(学会やセミナー等でその先生のお話を聞く機会が何度かあり、
この先生なら教育分析をお願いしたい!と思いました)。


協会をとおして紹介された、よく知らない先生に教育分析をお願いする場合、
本当にインテイク面接で自分自身もその先生との相性を考えたりするのでしょうか。
あまりよく知らない先生に自分の分析をお願いするのって
知ってる先生にお願いするのに比べて
何倍もの覚悟と決意がいるような気がします。

| あこ | 2009/03/11 2:16 AM |

>あこさま

へなちょこ心理士でございます。

さて

>教育分析を受けたい理由は、
>自分の中にはっきりした問題が見えてきたから…
>というよりは、いくつかの出来事をとおして
>自分のことを話してみたい気持ちや
>自分の気付かない自分に出会いたいという探究心のようなものが
>徐々に強くなってきたから…というのが正直なところです。
>自分の問題点、自分がついついやってしまう(なってしまう)
>ことについて
>いくつか具体的にあげることができなくはないのです
>が…。
>ちょっとおかしいでしょうか?

小生としては全然おかしくはないと思います。
もちろん、分析をお引き受けになる先生がどのように感じられるかは、私の関知できるところにはありません。悪しからず。

>「誰か他の分析家を探してみてください。
>良い出会いがあることをお祈りしています」と素敵なことば
>が添えてありましたが
>(以前、SVをお願いした先生からも言われたこのセリフ…)
>改めて考えてみると、自分の分析をお願いしたい先生なんて
>そう滅多にはいないよなと思います。

うーん、これって深いですね。
侮蔑的な意味ではなく、受けたいと思える先生がなかなか考えられないというのは、寂しいことでもあり、同時に自分が何者であるのか考えるキーでもありますね。そしてあこさまの喜怒哀楽(精神分析的には怒り?)の表れかもじれないですね。
このあたりを深く突っ込んでいくのは、趣旨に反しますから止めておきます。

>出会いは大事ですよね。

小生も大事だと思います。
ですので
>私も、ただ「教育分析」を受けたいという思いが強かったわけではなく
>「その先生による教育分析」を受けたいと思っていました。
>(学会やセミナー等でその先生のお話を聞く機会が何度かあり、
>この先生なら教育分析をお願いしたい!と思いました)。

この思いを大切にしてほしいなとも思います。ただ、ご指摘されているとおり、専門家との関係そのものが目的になってしまうということで終わらないように、検討しておくことも大切なことのように考えます。教育分析は、専門家同士の関係であると同時に、セラピストとクライエントの関係でもあります。

>協会をとおして紹介された、よく知らない先生に
>教育分析をお願いする場合、
>本当にインテイク面接で自分自身もその先生との相性を
>考えたりするのでしょうか。
>あまりよく知らない先生に自分の分析をお願いするのって
>知ってる先生にお願いするのに比べて
>何倍もの覚悟と決意がいるような気がします。

うん、小生も同感です。覚悟が要りますね。決意が要りますね。でも、いかに教育分析といえども分析家を使うのはご自身ですからご自身が使えないと感じたのであれば、止めた方がいいのではないでしょうかね?
もちろん、あこ様の御意志が一番であることは言うまでもないことでもあります。

ご自身が知らない方に分析を依頼し(=出会い)その中で得られることがあれば、それでいいことだと感じます。

依頼するのに覚悟や勇気が必要になるのであれば、そのことそのものが分析のスタートのように思います。

協会を通して紹介された方が、使い物にならない方であれば「あなたの分析は私にとって何のメリットもない」と、あこさまが声を上げるのも重要なことだと思います。

分析を受けてみたいとあこさまが思われたことも、重大なメッセージなのかもしれませんよね?

小生の場合はたまたま以前お会いしたことのある方にお願いしましたが、そこまで親密にお付き合いがあったわけではなく、また、それほど先生のことを多く知っているわけでもなかったですから、あこさまの状況に比べれば、敷居が低いとは思うものの、やはり覚悟と勇気が必要になりましたよ。

以上、参考になれば
| へなちょこ心理士 | 2009/03/11 4:19 PM |

> 侮蔑的な意味ではなく、受けたいと思える先生がなかなか考えられないというのは、寂しいことでもあり、同時に自分が何者であるのか考えるキーでもありますね。そしてあこさまの喜怒哀楽(精神分析的には怒り?)の表れかもしれないですね。

寂しいことかもしれないし、怒りの表れなのかもしれないのですね。私は何かを選ぶ時には、だいたいこんなふうに限定した感じになってしまうので、あまり違和感を感じていませんでした。自分のこういう性質を、他の人とは違うかもしれない、面倒くさいやつだな、と思いつつ、まぁでもそれが私なのだから、という感じで生きてきました。
ただ、へなちょこ様も別の日記に書かれていたと思いますが、怒りにはいろいろな感情が関係していると思います。悲しさや寂しさなどなど…。なので、このことについて考えることは、おっしゃるとおり、自分が何者であるかを考えるキーになると思いました。

私が分析をお願いした先生も、患者さんに向けて、「まずはご自身で…肌合いのなじむ精神医学書を本屋さんで探して、自分の内なる思いを酌んでくれそうな臨床家に出会う努力をしてみてください。その行動自体が、心の問題の解決へ向けて第1歩を踏み出すことになるのですから」とおっしゃっていて、へなちょこ様が言われていることと重なるなぁと思いました。
また、こういうことをおっしゃる先生なので、私が、自分について探索したい、理解したいという気持ちを持っていて、この先生の分析を受けたいと思っているということも、受け入れてくださるのではないかと思いました。

なので、その先生に今の自分の心鏡 〜 かくかくしかじかで、(「はい次!」という感じで)、別の先生を探すということは考えられない 〜 を書き、もしチャンスがあるならやはり先生にお願いしたいので、時期をみて改めて連絡してよいかというメールを送信しました。
(このメール、後で客観的にみると、読みようによっては、本当に、怒りを感じますね。「〜なんて考えられません」というところが…。先生から言われたとおりにはできそうにない、困った感じをお伝えしようと思ったのですが…。本当は怒りがあるのかなぁ… また自分でも考えてみます)。


もしコメントいただけるのであれば、メールでお願いできないでしょうか(アドレスは上に書きました)。話がパーソナルなことになっていきそうなので…。
| あこ | 2009/03/13 1:40 AM |

すみません、なんとお呼びして良いか分かりませんで、「へなちょこ様」と書いてしまいました。
| あこ | 2009/03/13 1:43 AM |

コメントを返していただきまして、ありがとうございます。

私自身、精神分析自体なじみがない、行動療法系出身なのですが、精神分析を勉強したいと思っていて、どうしようと思っていたところです。今は、教育分析ではなく精神分析系の先生にSVをしてもらうことになったのですが、とにかくお金がかかるので苦しいです。
でも、へなちょこさんが月に6万円もかかっていたというのを見ると、上には上がいるなぁと思って、頭が下がる思いです。

これからも、楽しみに読ませていただきます。
| もこ | 2009/08/04 11:15 PM |


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