トラウマとスクールカウンセラー、と最初からとてつもなく大きな看板をあげたのだが…。
学校現場でスクールカウンセラーがトラウマティックな話題を、取り扱っていいのか否か、という話。
そりゃ、そういう相談希望が有れば、勿論対応します。しますが、やはり、取り扱う深さは、考えます。少なくとも、小生の場合は、ですけどね。
まず、一つは、スクールカウンセラーとしての枠の問題。
修学に何らかの困難がある児童・生徒、或いは保護者への、指導、助言等がスクールカウンセラーの業務の一部になっているのであれば、トラウマによって修学に困難が生じている方からの相談依頼を、最初からお断りするわけにはいかないでしょうね。
しかしながら、学校はセラピーを行なう機関では(少なくとも本質的には)あり得ないので、必然的に突っ込み方は甘く(誤解を産みやすい言い方ですが)ならざるを得ないでしょう。
二つ目に、学校という場所そのものの問題。
一年間、仮に毎週面接を持てたとしても、一年間で合計35回しか会えないのです。仮に上限がない、としても、52回会えますが、実際のところ、修学年限を考えると、必然的に回数に制限が出てきます。
しかも、緊急事態が有れば、それを優先させざるを得ないこともあります。問題が多い学校ほどそのリスクは高くなると思われます。
この事を忘れて、面接を持っていたら、あとあと怖いことになりませんか?
敢えて細かいことまで、書きませんが、いくらなんでも、スクールカウンセラーごときに多くを求め過ぎてはあきまへんで。
期待が大きいのは需要があるからだ、とも云われますが、それに飛び付いては、スクールカウンセラーへの信用を落とす事にも繋がりかねないわけで。
まあ、大崩れしない程度に取り扱って精々、あとは卒業したあと、アフターフォローが可能な機関へのリファー、というのが現実的なラインではないでしょうか?
これはスクールカウンセラーの力量が不足しているのでトラウマ(他の問題でもよい)を処理するのは困難だ、という訳ではなく、枠付けの問題もあるよ、という話。
まあ、スクールカウンセラーが常勤になっていたら、もう少し関わり方も変わるかもしれないけれど。
学校現場でスクールカウンセラーがトラウマティックな話題を、取り扱っていいのか否か、という話。
そりゃ、そういう相談希望が有れば、勿論対応します。しますが、やはり、取り扱う深さは、考えます。少なくとも、小生の場合は、ですけどね。
まず、一つは、スクールカウンセラーとしての枠の問題。
修学に何らかの困難がある児童・生徒、或いは保護者への、指導、助言等がスクールカウンセラーの業務の一部になっているのであれば、トラウマによって修学に困難が生じている方からの相談依頼を、最初からお断りするわけにはいかないでしょうね。
しかしながら、学校はセラピーを行なう機関では(少なくとも本質的には)あり得ないので、必然的に突っ込み方は甘く(誤解を産みやすい言い方ですが)ならざるを得ないでしょう。
二つ目に、学校という場所そのものの問題。
一年間、仮に毎週面接を持てたとしても、一年間で合計35回しか会えないのです。仮に上限がない、としても、52回会えますが、実際のところ、修学年限を考えると、必然的に回数に制限が出てきます。
しかも、緊急事態が有れば、それを優先させざるを得ないこともあります。問題が多い学校ほどそのリスクは高くなると思われます。
この事を忘れて、面接を持っていたら、あとあと怖いことになりませんか?
敢えて細かいことまで、書きませんが、いくらなんでも、スクールカウンセラーごときに多くを求め過ぎてはあきまへんで。
期待が大きいのは需要があるからだ、とも云われますが、それに飛び付いては、スクールカウンセラーへの信用を落とす事にも繋がりかねないわけで。
まあ、大崩れしない程度に取り扱って精々、あとは卒業したあと、アフターフォローが可能な機関へのリファー、というのが現実的なラインではないでしょうか?
これはスクールカウンセラーの力量が不足しているのでトラウマ(他の問題でもよい)を処理するのは困難だ、という訳ではなく、枠付けの問題もあるよ、という話。
まあ、スクールカウンセラーが常勤になっていたら、もう少し関わり方も変わるかもしれないけれど。










