<< いつでも生きていくのに精一杯なのは変わらないのではないのか | トップ | 信用していた人に >>
ボロボロです
なんか調子が悪い。
ボロボロです。
なにも手につかない感じ。

多分、原因はわかっているのですが、解決する見込みはありませんので。

なんとも歯がゆい。

苦しみをひとりでかつがさるをえないのは、たまらなく苦しく寂しい。

思えば、負け戦の連続ですな。
勝負に出て、勝った試しがない。

いや、勝負に出たことはあっても、土俵まで登ったことはなかった。

やってみて、しくじって、後悔するなら、まだ後悔のしようがある。やろうとして、やらないままで、そのまま手を着けられなかったのはどうしようもない。
ましてや、自分なりの読みが当たっていて、だけど勝負に出ていないのなら、本当になにをやってきたのかよくわからない。
しかも、自分で勝負におりたのなら、仕方がないが、おりさせられた(と体験している)のならば、リカバリーはほぼ不可能だろうね。

もう一度チャレンジするには、もう遅すぎる。

カウンセラーがこういうことをいっていては、何にもならないんですが、想いがのこりすぎている。遺してきた想いに捕らわれすぎている。

自己セラピーって、無理です。
破綻する。
もばいるぶろぐ | 21:54 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
臨床心理士めざし、まずは学部に入り直して鍛え直し中のおじさんです。教育分析を先日学部で学び、すでにへこんでます。自分が分からないやつに他人のことがわかるのか?今最大の悩みです。セルフセラピーできなくとも、自分のことは分かっていたつもりだった。でも違った。だったら、他人なんてよけい分からないのかも。そうしたへこみからちょっとでも持ち上げることってできるのでしょうか?
| ぱんだ | 2012/10/01 4:09 PM |

>ぱんださん
コメントありがとうございます。
レス遅くなりました。

さて…
教育分析を学ばれたとのこと。
ただ、現在学部生のようですので、本当に教育分析を受けていらっしゃるわけではないでしょう。

自分がわからないからこそ受けるのが教育分析です。そして、自分自らがクライアントとなって、自分自身の問題と向き合い、解決し、またクライアントとしての体験から、どのように問題解決へ向かうのか、考えていく場になるのではないかと考えています。
教育なんて分析家はしません。セラピーをするのです。

小生の実感では…
セルフセラピーは、あくまでもその場しのぎであって、現実に自分の問題を無くすることは出来ないと思って居ます。
よって、ご自身のへこみからちょっとでも持ち上げるというのは、あってはならないことです。
厳しいようですが…

何かあれば、またコメントをください。
| へなちょこ心理士 | 2012/10/09 8:51 PM |

コメントする









この記事のトラックバックURL
http://blogblog.psycho-therapist.biz/trackback/938787