なんか
なんか、人からワーカホリックと言われてしまった。
仕事は嫌いなんだが。
もばいるぶろぐ | 11:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
研修おひらき
かなり濃い研修でした。
おなかいっぱい。

帰りは飛行機で。
もばいるぶろぐ | 17:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
久し振りの
久し振りの自主研修。
東京にいます。

これから神保町。
TA勉強してきます。
もばいるぶろぐ | 07:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
苦しいのだが
苦しいのだが、正直、今の自分の立場は、周囲からは羨まれるんだろうなあ、とは思えるんだけど。

正直なところ、臨床心理士には向いていないと、資格取得から考え続けてきたことだったり。いま、はじめて公表

そうすると、職場に居るだけでも結構苦痛。

何度か足を洗おうと思ったし、実際に実行しかけたこともあるけれど、「臨床心理士」の肩書きを捨てることはならん、といつもゆるされない。
あまりに強行しようとすれば、周囲との軋轢を増すばかりかと、何度も飲み込んできたけれど。

まだまだ、名前は売れてきた職種だが、内容までは理解されていない。これをしっかりと周知させること、というのも臨床心理士の仕事だと言われるが、それを行うのがかなり辛い。

勿論、clientの立場や権利は最大限護るし、その際には全力を尽くしているつもり。
しかし、自分自身が持たない感じ。
これも向いていないと思う訳の一つ。
しかも、法的な裏書きのない立場での活動は、リスキーだ。

いまさら転職できるような歳でもないし…………。
もばいるぶろぐ | 12:20 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
ケースマネジメント
ケースマネジメントがうまくいかず、自爆テロモード。
もばいるぶろぐ | 15:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
信用していた人に
一番信用していた人に信用されなかったことがわかって、悲しい
もばいるぶろぐ | 00:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ボロボロです
なんか調子が悪い。
ボロボロです。
なにも手につかない感じ。

多分、原因はわかっているのですが、解決する見込みはありませんので。

なんとも歯がゆい。

苦しみをひとりでかつがさるをえないのは、たまらなく苦しく寂しい。

思えば、負け戦の連続ですな。
勝負に出て、勝った試しがない。

いや、勝負に出たことはあっても、土俵まで登ったことはなかった。

やってみて、しくじって、後悔するなら、まだ後悔のしようがある。やろうとして、やらないままで、そのまま手を着けられなかったのはどうしようもない。
ましてや、自分なりの読みが当たっていて、だけど勝負に出ていないのなら、本当になにをやってきたのかよくわからない。
しかも、自分で勝負におりたのなら、仕方がないが、おりさせられた(と体験している)のならば、リカバリーはほぼ不可能だろうね。

もう一度チャレンジするには、もう遅すぎる。

カウンセラーがこういうことをいっていては、何にもならないんですが、想いがのこりすぎている。遺してきた想いに捕らわれすぎている。

自己セラピーって、無理です。
破綻する。
もばいるぶろぐ | 21:54 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
いつでも生きていくのに精一杯なのは変わらないのではないのか
JUGEMテーマ:日記・一般



こんな記事を見つけた。

91歳特攻生還者 今の日本は「死んだ奴に申し訳ない」と怒る- NEWSポストセブン(2012年8月13日16時00分)
 8月15日は71回目の終戦記念日である。今春、『太平洋戦争 最後の証言』三部作を完結させたノンフィクション作家の門田隆将氏は、100人を優に超える老兵たちの声に耳を傾け続けた。人生の最晩年を迎えた彼らが日本に遺したかったものとは何か。門田氏が振り返る。

 * * *
 私は、艦と共に沈む時、母親の顔や、自分の葬儀のありさまを思い浮かべた水兵たちの話を数多く聞いた。そうまでして守ろうとした日本のいまの姿を憂う声は実に多かった。
 
 多くの若者が、世の中のなんの楽しみも知らないまま死んでいった時代。彼ら戦争世代は、甘えや癒しの中に逃げ込み、権利ばかりを主張するようになった今の日本人をどう見ているのか。
 
 当時の若者が持っていた“諦観”を語るのは、人間特攻兵器「桜花」の生き残りである松林重雄さん(九一)だ。“生還が期し難い特殊兵器”である桜花に志願して、厳しい訓練をおこなった一人だ。
 
「私は、進んで志願したんだよ。あの頃、戦争に負けるってのは、もうわかっていました。われわれは、家族と、当時はまだ独身だから彼女とかね、そういうもののために我々がやればいくらかいいだろうと、志願するんでね。天皇陛下と言う人もいるけど、それとは違っていたなあ。あとは、卑怯者と言われたくないという気持ちもあったね。あの頃の男には、やっぱり“男ならやらないかん”という思いがあったからね。そりゃ当時の教育ももちろんありますよ。まあ、生まれた時が悪かった、と諦めていたこともあったと思う」
 
 それこそが当時の若者の“諦観”ではなかっただろうか。諦観とは、仏教用語で、人生の真相や仕組みを見抜くことを表わし、人生に対して確かな洞察力をもって生きることを意味する。自分たちの短い人生に諦観をもって生きた大正世代は、「命」そのものに対する愛惜の情を持っていたのではないだろうか。

 彼らが人生の最晩年を迎えて、今の日本に静かな怒りを抱いていることを私は大正世代の話を伺いながら思った。松林さんもこう語った。
 
「やっぱり怒りを覚えますよ。今のざまは何だ、とね。こんなはずじゃなかった。死んだ奴が気の毒だと、どうしても思ってしまいます。私は生き残っちゃったからね、死んだ奴に、本当に申し訳ない、と思います。でも、もう自分には何もできませんが……」
 
 戦中戦後、“前進”をやめなかった大正世代。自国の領土や国民の生命財産を守ることすら覚束ない国になりつつある今、彼ら“他人のために生きた世代”の遺言に是非、耳を傾けて欲しいと思う。

※週刊ポスト2012年8月17・24日号




うーん、死んだやつに顔向けできない、とはよく言う言葉。

では今生きているやつがどんな顔で生きているのか、ちゃんと見ているのか、小一時間(ry
大変な時代だったのだろう。
生きていないかも知れない、自ら死への旅立ちを選ぶ(自殺とは違うワナ)その苦しみはたとえ難いだろう。

では…
明日というものは本当に保証されているのか。
明日などというものがあると感じることこそ、甘えの極地だと感じる。
アメリカに攻められるのではない。
卑怯者と呼ばれることではない。

明日という日が本当にやってくることなど、幻想にすぎない。
いますぐその先で、心臓発作が起きるかも知れないし、ましてや宇宙規模の大変動が起きて地球が滅ぶかも知れない。

権利を振るかざす現代の若者、といっても、そうしないと生きていけない今を生きているだけではないのか。
その今を作り上げてきた、一部は、昭和20年に特攻隊で出撃したかも知れないあなたの延長戦にあるのではないか。

人の苦痛など、他の誰からも計り知れない。
今の若い者は、とか、昨今の日本は、とか、聞き飽きた。
価値観も生まれ育った環境も社会も異なるものにとやかく言われる筋合いのものではないからだ。

もしも、類似点を探るなら、明日リストラされるかも知れない我が身をなんとか持たせていることは、なんだろうか。特攻隊に志願することと変わらないのではないか?



生きていくことそのものが、苦痛の連続である。

これは、時代が変われども変わらない事実ではないか。

みんないまを生きてくことに精一杯だ。目先のいまを。
つれづれ | 21:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ひさしぶりのけふのたなくじ
ひさびさのけふのたなくじ。
本当にひさびさです。



なんだかビミョーな感じです。
つれづれ | 07:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
カラダが悲鳴
からだが悲鳴を上げています。
おかげで、今日は午後から仕事を休みました。

これではいけないのですが、やむを得ません。

体調管理って難しい。
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つれづれ | 17:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |